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 田中安全衛生コンサルタント事務所

 


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  「愛」と「無関心」について  

ある女性は、お父さんに愛情をあまり感じていませんでした。
お父さんは、重要なことを打ち明けても「そうか」と返事をするだけでした。
いくらなんでも何か言ってくれるだろうと思って離婚を打ち明けた時も同じでした。
離婚して実家に戻った彼女は、近くの本屋さんに、ある決意を持って向かいます。

実は、彼女は高校生の頃、この本屋さんで万引きをしてしまいました。
お父さんは、生活が苦しくても彼女に参考書を惜しみなく与えてくれたのですが、 友人と本屋さんに行った彼女は、国語辞典をいつの間にか、自分のカバンに入れて持ち帰ってしまいました。
その後、毎日のように万引きしたことを後悔していた彼女は、良心の呵責に耐えられなくなって、 国語辞典を返すためにこの本屋さんを訪ねました、
彼女は震えながら、「万引きをしました、返しますので許して下さい。」と店長さんに話しました。
長い沈黙の後、うなだれている彼女の肩をたたきながら、店長さんが優しい声で
「勉強のために必要だったんでしょ、だったら精一杯勉強しなさい。お金は、いらないから」と、言ってくれました。

彼女はこの出来事が忘れられず、もう一度お金を払おうと思ってこの本屋さんに向かったのです。
本屋に着き当時の店長さんを見つけて話をすると、しばらく考えた店長さんが、
「お金は貰えないよ。確か、何日もせずに、お父さんが店に来て払ってくれたんですよ。」
娘には内緒にしてほしいと釘を刺されていたと彼女に答えました。
彼女は泣きながらお店を出て、実家に向かいました。
庭の片隅で、お父さんが鎌を研いでいたので「お父さん・・・」と声をかけようとしましたが、 後の言葉がうまく出てきませんでした。

黙って見守ってくれるのが、父親の愛情なのかもしれないとおもいました。
そういえば「愛」の反対は「無関心」と聞いたことがあります、
人にとって、本当に辛い時、ひどいことを言われるよりも、何も言ってくれないことでしょう。
世の中には、本当に"無関心”な人と、黙って見守ってくれている人がいるのです。


  当たり前のことが当たり前にできる  

私が安全衛生の世界に入った頃の話です。
当時、生産現場から何の知識もない安全衛生の世界へ異動となり、先ず何をしなければいけないか? そして、私には何ができるのだろうか?と考えたときに、真っ先に頭に浮かんだのが安全衛生教育でした。 特に、入社3年未満の若年者教育には力を入れておりました。 30年近く経った今でも言っていることですが・・・ 
‘’決めたルールは何があっても守らなければならない‘’
破ってしまうといつか、ミスや事故、そして労働災害に繋がってしまうからです。

若年者教育では、最後に確認テストをやるのが通例になっていましたので、筆記用具を持参するように事前に伝えておりました。 それでも、テスト前に「筆記用具を持っておられない方は手を挙げて下さい」と、毎回のように言っていました。手を挙げられた方には、 事前に用意した筆記用具を渡しておりました。
この教育の5回までは、手を挙げられずにテストが進むと「筆記用具貸して下さい」と言って来られる人が数人はおりました。 6回目の確認テスト開始後、10分経った頃です。ある方が何も書いていないので聞いてみますと、筆記用具が無いとのことでした。
直ぐに筆記用具を渡したのですが、この時こそ、『当たり前のことが当たり前にできる』ことの難しさを心底感じました。 私は、事前に上手く伝えられたのか?人それぞれ受け止め方が違うし、上手く伝えられない人も沢山おられます。
たかが筆記用具ですが、されど筆記用具です。『当たり前のことが当たり前にできる』ことは、今でも本当に難しいことと思っています。
私は今でも30年前を思い出しながら、聴いておられる方が本当に分かっているのか?自問自答を繰り返しながら、各種安全衛生教育に 時間を費やしております。

一人でも多くの人が『当たり前のことが当たり前にできる』ことで、労働災害が一件でも減らせることを願っております。


  一万人の一人  

安全の世界では有名な「一万人のひとり」の話です。
『〇〇製鉄〇〇工場で、28歳の社員が労働災害で亡くなった。工場のY部長は、弔問に社員宅を訪れた。25歳にして未亡人となった奥さんが、二人の子供をひざにかかえ、泣き腫らした目でうなだれていた。Y部長は、お悔やみの言葉を述べても奥さんから何の反応も返ってきません。
何度訪れてもこの状況はしばらく変わりません。
ある時、「今日も何を言っても駄目だな」と思って席を立ちかけると、今までずーとうつむいていた奥さんが顔をふっとあげて「〇〇工場では何人の方が働いておられますか」と聞いたので、Y部長は「一万人です」と応えると奥さんはさらに言葉をついで言いました。「〇〇工場にとっては主人の死によって一万人の一人を失っただけです。しかし、わが家では・・・私たちは・・・私は・・・人生の全てを失ってしまいました・・・・・」
Y部長は、事業活動するのに、ある程度の労働災害は付き物で起きてもやむおえない・・・こんな気持ちが心の底に少しはあったのですが、この奥さんの言葉を聞いて、一人ひとりはかけがえのない人なのだ、労働災害は決してあってはならないのだ、ゼロでなければならないのだ・・・と心底悟りました。
その後、〇〇工場は安全活動に一段と力を入れ優良事業所に様変わりしました。しかし、若き未亡人がその後どのような人生を歩まれたかは定かではありません・・・』
そうです、労働災害は絶対にゼロにできます。
究極の目標としてゼロ災害、ゼロ疾病、明るくいきいきした職場を実現するために先取りの安全衛生活動をたゆまず推進しましょう。


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